はじめに
あらすじ
太古の森をいだく島へ――学生時代の同窓生だった男女四人は、俗世と隔絶された目的地を目指す。過去を取り戻す旅は、ある夜を境に消息を絶った共通の知人、梶原憂理を浮かび上がらせる。あまりにも美しかった女の影は、十数年を経た今でも各人の胸に深く刻み込まれていた。「美しい謎」に満ちた切ない物語。
講談社文庫
私がこの本に出会った経緯
恩田陸さんが大好きで、ひたすら著書を読み漁っていた高校時代に手に取った一冊です。
感想
それぞれの章から少しずつの引用と感想を。
第一章 利枝子
確かに、ずっと黙っていられるってことはすごい贅沢なことだと最近思うよ。常に我々は誰かを説得しなきゃならないし、説明しなきゃならないし、笑顔を振りまいて敵意がないってことを示してなきゃならない。仕事してれば電話には出なきゃいけないし、二言目には説明しろって言われる。家でもしょっちゅう、何考えてるのとかどういうことなのとか説明を求められるしね」
P107 ~108
初読の頃は高校生だったけれど、このくだりは妙に心の奥深くに刺さった。
再読した大学生の頃も。
わたしは学生時代から一人で過ごすのが好きだったので、たしかに、集団行動ってこういうところが面倒なんだよなあ、憂鬱だなあ、と思っていた。
そしてさらに大人になってしまった今では、この続きの部分を読むと、唸り声をあげて布団をかぶってしまいたくなる!!!
愛が始まった頃の沈黙は、語られない言葉に満ちている。文字どおり、『言葉はいらない』のだ。だが、愛が冷めた頃の沈黙は、空っぽなくせに鉛のように重い。その頃には言葉はあまりにも無力になっていて、どんな言葉もブラックホールのように飲み込んでしまう。この段階の沈黙は、人を不安にする。人はなんとかこの沈黙を突き崩したいと願う。そして、まだ愛が残っている方の人間は、愛が残っていない方の人間に、沈黙を突き崩すべく説明を求める。だが、愛していない者は説明しようとしない。言葉とはサービスであり、対価を求める手段である。既に対価の欲しくない相手にサービスしても仕方がない。えてして夫と言う人種は妻と話をしなくなる理由を「言わなくても分かってくれていると思っていた」と説明するが、本当の理由はそれだろう。
P108
これほど端的に、恋愛関係の終わりを言語化した文章はあるだろうか。
この作品は、幼馴染を含む学生時代からの仲の男女四人が延々と会話を繰り広げていくのだが、私はこういう文章を読むのが本当に本当に好きだ。
読書に求めている愉しみってこれ、と幸せのため息を吐きたくなる。
だから、「黒と茶の幻想」は、上下巻ともに人生の様々なタイミングで、何度も読み返している。
私は物語にはっきりとした「起承転結」を求めるタイプではないので、
こうやって劇的な事件が起こるわけではないのに、
登場人物の回想や会話だけで話を永遠に拡げていける恩田作品が大好きなのだ。
こう書くと語弊が生まれてしまいそうだが、寧ろ、起承転結のようなストーリー性ばかりを重視している物語は、却って物足りなさを感じる。
複数の人間が出てきて、各々が人生や仕事、恋愛など答えの出ない問いについて語らう。
そういう文章をいくらでも読みたいから、小説を読んでいるんだと思う。
恩田作品は、私のそういう欲望をクリティカルにいつも満たしてくれるのだ。
「一見似たような生物に見せかけておいて、実は構造的に別の生き物だっていうのも戦略の一つなのかな。自分に似た生き物なんだから理解できるはずだっていう錯覚が生じるものね。理解しようとみんなが努力を繰り返す。だけど本当は違う生き物だから、ストレスと葛藤が生じる」
中略
「心の休まる暇がないわね」
私は溜め息混じりに呟いた。
「そう。それで正しいんだ」
彰彦は真面目な表情で何度も頷いた。
P121~122
恩田作品で度々語られる「性」についての捉え方がとても好き。
「男」と「女」はそれぞれまったく別個の生き物だと、私は昔から感じてきた。
でもすべての人間のなかに違った割合で「男性性」や「女性性」があって、「麦の海」の校長先生なんかは、「どちらの性も素晴らしいじゃないか」とのたまう。
本来はまったく別個の特性を持っているのに、お互いに同じ生物だと誤認して解り合おうとするから衝突するし、消耗して、疲弊する。
人間関係の本質を突いていると思う。
最初に伴侶に出会ってしまった者は不幸だと思う。それは回数を経たからといって、もっとよいものに出会うわけではないからだ。最初にほんとうの恋に出会ってしまえば、それ以上のものに出会えない限り、いつも物足りなさを感じてしまう。ほんとうの恋の巡ってくる順番はあとの方がいい。
P178
ここも、初読の頃から心に残った言葉で。
「ほんとうの恋」ってなんだろうって思うけど、最近なんとなくわかる。
学生時代からの恋人と結婚した友達は、「恋心なんて高校時代以来だからもう忘れちゃった」って最近、話してた。
今の夫は恋愛結婚というよりお見合い結婚に近い感情だから、って、学友と結婚したにもかかわらず話してた。
だから、恋に関していえば、結婚が早ければ早いほど、当然のように経験できない部分が出てくるのかもって。
みんなが恋愛を望んでいるわけではないだろうから、それで問題ない人だって多いのかもしれないけど、どれだけの人が、人生のなかで「ほんとうの恋」に巡り合うのだろう。
恩田作品は、淡々としているようで実はどろどろとした人間の感情、愛憎が描かれているから、そこも魅力的な要素だなあと私は思う。
おわりに
上下巻に分かれているけれど、とても読みやすい。男女四人のシンプルなようでいて実は複雑な関係性が面白く、物語に引き込まれる。恩田作品が好きな人は絶対に楽しめる一冊。
りせ。
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