はじめに
あらすじ
お兄ちゃん、なんで死んじゃったの……!?
あたし、月夜は18歳のパープル・アイで「もらわれっ子」。誰よりも大好きなお兄ちゃんの奈落に目の前で死なれてから、あたしの存在は宙に浮いてしまった。そんな中、町で年に一度開かれる「無花果UFOフェスティバル」にやってきたのは、不思議な2人連れ男子の密と約。あたしにはどうしても、密がお兄ちゃんに見えて……。
少女のかなしみと妄想が世界を塗り替える傑作長篇!
角川文庫
この本に出会った経緯
桜庭一樹さんの小説が好きで、タイトルと装丁に惹かれて手に取った記憶がある。
23歳の頃かな。
ちょうどこのころ、兄が病気で死にそうになっていて、主人公の月夜ちゃんと似たような境遇だった。
そして、私にとって、すごく大切な一冊になった。
感想
一章 ぼくのパープル・アイ
悲しみは川の流れに似てるって、あたしは思うの。流れてく場所によって、深くなったりまた浅くなったり、流れも急な日もあるしそうでもなくて穏やかなときもあるしね。だけど水が流れることをやめてくれるときはないの。悲しみの川は流れ流れて、それでいつかおおきな悲しみの海についたら、きっとついに流れるのをやめるのだろうけど。
でも、”悲しみの海”って?
それっていったいどこにあるの。こぉんなに悲しいまんま、あたしたちはどこにいったらいい?
あなた知ってる?
P6
冒頭から、引き込まれる美しい文章。既に、ああ、この小説を読んでよかったなあって心から思える。最高の文章。
この世界に本というものが存在していて良かった、と感嘆。
死から始まる物語。
死の悲しみを、それに浸ることを、決して否定しない物語。
三章 幽霊の夏休み
「——生者が死者に対してできる唯一のことは、”忘れること”なんだよ」
あぁ。そうなんだ。
昔から、おとうさんは思いやりがあって、それにきちんとしてて正しい人だから、こうやってなにかを諭されたときにも、あたしが反論したり、反抗的な気持ちになることってまずなかった。この歳まで、この人が教えてくれることを割と素直に信じて生きてきた。だからあたしは、なんだ、そうなんだぁと思って、ちょっとほっとして、また顔を上げようとした。
P125
こうやって、正論が殴ってくる大人がずっと嫌いだった。
10代の頃に大嫌いだった正論や大人の言葉が、今も同じくらい嫌いだなんて、10年前の自分に伝えたら信じてくれるだろうか。
だから再読して、これに従わない月夜ちゃんに救われた気持ちになった。
「どうしてよ! 悲しんじゃいけないの? 後ろを振りかえっちゃいけないの? 誰よりも大好きだったし、誰よりもかっこよかった人が、あんなふうに急にいなくなっちゃったのに。忘れろ、忘れろ、前に進め、受験生、って、二人してそればっかり。おっ、お兄ちゃんが、いなくなっちゃってから、まっ、まっ、まっ、まだ、そんなに経ってないのにぃ……っ」
P128
今でも私はそう思ってる。こう感じてる。
大人として「正しくない」のかもしれないけど、そういう自分の感情を押し込めて「大人のふるまい」をすることができない。
本当は死者を弔うって、簡単なことじゃない。
それは生者の人生に影を落とす。不幸とか幸福とか、そういう次元を超えた話だ。
ここの月夜ちゃんに感じるカタルシスは計り知れない。
現実は救ってくれなくても、物語はいつも私を救ってくれる。
四章 ハッピー・エンドゥ
この章が大好き。
「だってさ、月夜って、本気の反論ってものをほとんどしないよな。納得するの早い子ちゃんだよ」
あたしはまた、うん、あたしって昔からそうなの、とうなずきながら……。帰る家、ううん……。
”帰らなきゃいけない家”のことを考えた。
ねぇ……?
帰るとこがあるのって、ほんとに素敵なことなのかなぁ。正体不明のもらわれっ子のくせに、贅沢かなぁ。って、考えるほどによくわからない気がしてきちゃう。おかしいな。あたし、納得するの早い子ちゃんのはずなのに。
P201
自分の帰る家、帰らなきゃいけない家が居心地が悪い。とうてい、自分の家だとは思えない。
わたしも、ずっとそうだった。「もらわれっ子」じゃなくても、実家に自分の居場所を感じられない人はたくさんいると思う。
それは寂しいことで、辛いことなのかもしれないけど。
でも、そういう感情自体が悪いわけじゃない。
実際いまは、一人暮らしの自分しか住んでいない家に帰ることが幸せだし。
誰にも侵入されない、気を遣わなくていい、自分だけの空間。
それが得られる前の10代って、本当に生きるのが大変だった、って思う。
まるでサバイバルみたいに、生き延びなきゃいけないことが苦しくてたまらなかった。
きっと私は、一生実家の温かさとか、居心地のよさを知らない。
でも、それでもいいと思ってる。
そういう人間を否定する人がいたら、そっちが間違ってるし、憐れんだりするようなら、その人をフォークで突き刺したい。
「……だからね、けっこう、歳をとって亡くなるときの、病気で長く苦しんだとか、事故で潰れて死んじゃったとか、晩年は一人ぼっちで孤独死したとか、そういうエピソードで終わるから、どうしてもそのインパクトが強くて、悲惨なテイストで覚えちゃうけど。だけどって、わたし思ったの。好きな偉人のことは、生きてるときのいちばん輝いた瞬間で記憶したほうがいいじゃないって。すごい発明をしたり、とんでもない名曲が閃いたり、見事な戦法で敵軍を蹴散らしたりしたときで、ね」
中略
「べつにラストシーンじゃなくていいでしょ、そこにはこだわらないわって。わたしは、人生の記念たるベストショット的シーンをこそ、その人のハッピー・エンドゥと認定したいわねぇ」
P242
「死」について考え続ける月夜に、いろんな人がいろんな話をする。
「死」にともなうイメージは怖くて痛くて未知で不安で、誰もが恐怖を抱いていると思う。
でも、いつか自分が死ぬ時も、こうやって人生の良い瞬間を切り取って笑えたらいいなって思うし、自分ができなくても、周りの人はそう思ってほしいかもなって思った。
もしかしたら全然周りの人なんていなくて、誰にも気づかれずに孤独死するかもしれないんだけど。それでもね。
なにか意味のある人生だった、って思いたいよね。
五章 月夜の奈落のおそろしい秘密
「つまりさ、月夜。俺たちってさ、毎日いろんなことをしゃべるだろ。俺はこうだよ、わたしはこうなの、って語るのがほんっとに好きな生き物だよな。だけど、いくらがんばって話しても、自分のことがうまく伝わらないとかさ、この人のことがどうもわかんないなってこと、ないか?」
P275
密が好き。
密の言葉は、本当に魅力的。
私は喋るのがかなり好きな方だけど、本質的な部分程、話しても話しても本意は伝わらない気がして、ときどき虚しくなる。
話すことに意味なんかあるのかなって、悲しくなったりもする。
だから、自分だけじゃないんだって救われた、ここを読んだ時。
皆の者よ。しかし、忘れるな。ぼくが死んだ日を。
死者を弔うことからけっして目をそらすな。
あとは我を弔いて賜び給え――。
P331
「死」というものが唐突に、理不尽に訪れるのだということを、10年前の私は知らなかった。だからこそその時に味わった感情を、自分の中でどう扱っていいのかわからなかった。
私はたぶん、日常的に「死」について考える質だし、今もほかの人たちより日ごろから死者に思いを馳せている。
それは悲観的というわけではないと思う。生も死も、必ず人間の辿る道。
死者を弔うことは、ネガティブなものではない。
これからもそういう考え方で生きていく、と思う。
おわりに
ふわふわした不可思議な世界観と、魅力的な男の子たち。「死」、「喪失」について思いを馳せたい時に。メメント・モリです。
りせ。
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