はじめに
あらすじ
21世紀後半、<大災禍>と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は大規模な福祉厚生社会を築きあげていた。医療分子の発達で病気がほぼ放逐され、見せかけの優しさや倫理が横溢する”ユートピア”。そんな社会に倦んだ3人の少女は餓死することを選択した――それから13年。死ねなかった少女・霧慧トァンは、世界を襲う大混乱の陰に、ただひとり死んだはずの少女の影を見る――『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。
ハヤカワ文庫
この本は、大学生の頃から気になっていた。
よく訪れていたヴィレッジヴァンガードで伊藤計劃氏の作品が特集されていて、しかしその当時は読む機会に恵まれず、私がこの本を手に取ったのは26歳の頃になるのかな。
友達に改めて勧められて、読んだらとにかく面白くて、引き込まれて。
どうしてもっと早く読まなかったんだろうって、何度も後悔した。
感想
<part:number=01:title=Miss,Selfdestruct/>
日本人が医学的に均質化された光景の異様さを、いまわたしは味わわされている。座席に座っている男女ときたら、マネキンAtoマネキンBの違いしかない。太り過ぎもせず、痩せ過ぎもせず、同じような体型に収まった日本人の群れ。健康的で標準的なマージンにすっぽり収まった体格の群れ。まるで鏡の国に迷いこんだよう。
どうして、一体全体、どうしてこんなことになってしまったのだろう。ひとりひとり遺伝子が異なるのは当たり前だっていうのに、どうして誰もかれもが同じ体型になろうとするのだろう。
<maxim>
定められた目標が極端で融通が利かないほど、弱い人間はそれを守りやすい。
</maxim>
とミァハの影が言う。いつも、わたしたちに智慧を授けるあのときの口調で。そうだったね。人間の意志っていうのは、誘惑には負けやすいくせに時にとことん頑なにもなる、ってあなたは言ってた。
人間っていうのは、欲望と意志のあいだで針を極端に振ることしかできない、できそこないのメーターなんだよ。ほどほどができない。鳩にだって意志はあるもの。意志なんて、単に脊椎動物が実装しやすい形質だったから、いまだに脳みそに居座っているだけよ。
P93~94
「ハーモニー」の世界は、
<part:number=02:title=A Warm Place/>
「わたしね、途中であの薬、飲むのやめたの。怖かった。自分が痩せていくのが、弱っていくのが本当に本物に感じられたから。子供の頃だって、WatchMeこそインストールしてなかったけど、親が健康コンサルタントと一緒にライフデザインしてくれてたでしょ。家のメディケアがすぐ予防薬とか出してくれてたし、病気とか頭痛とか、そういうのって経験のある子はほとんどいないじゃない。」
「そうだね。わたしもそうだった」
「だからね、わたし、カラダが生きてて、変化するもので、永久とか永遠なんてものはなくって、生きるって苦しくて痛いものなんだ、ってはじめて実感したの。これが生きていることなんだって。この苦しさが、人間が生命である証なんだって。そう思うと、突然怖くなったの。自分が命であることが、自分が生命であることが」
P148
人間の欲望を制御する。
人間の意志を制御する。
人間のばらばらな欠片でできた魂をかき集めて、パズルを作るようにくっつける。そうすればいつか完璧な人間ができるだろう。
ミァハのような人間ではない。わたしのような人間ではない。
わたしが無価値であることを証明させて、とミァハは叫んだ。けれど、制御された意識の人間が生まれた暁には、そんなことを思い煩う必要もなくなる。
すべての人間が完璧にハーモニーを描く世界。
完璧な人間の完璧な運営による完璧な社会。
P172
わたしは逆のことを思うんです。精神は、肉体を生き延びさせる単なる機能であり手段に過ぎないかも、って。肉体の側がより生存に適した精神を求めて、とっかえひっかえ交換できるような世界がくれば、逆に精神、こころのほうがデッドメディアになるってことにはなりませんか。
P173
だけど、人間のからだはそんなふうにできてはいないよね。人間は成長する。人間は老いる。人間は病気にかかる。人間は死ぬ。自然には本来、善も悪もないんだ。すべてが変化するから。すべてがいつか滅び去るから。それがいままで「善」がこの世界を覆い尽くすのを食い止めてきた。善の力で人間が傲慢になるのをぎりぎりのところで防いできた。けれど、いまやWatchMeと医療分子のおかげで、病気や通常の老いは駆逐されつつある。「健康」って価値観がすべてを蹂躙しようとしている。それってどういうことだと思う? この世界が「善」に覆い尽くされることなんだよ。
P180
<part:number=03:title=Me,I’m Not/>
他者を信じなければならないという強迫観念こそが、この社会を支えていた。互いが互いを少しずつ人質にとるとはそういうことだ。老いと自己以外では死なない人間たちが、絶えず個人情報を晒し、生府のディスカッションや倫理セッションには必ず参加して、しかるべき専門家の助言を受けながら合議で物事を決める。
しかし、それが少しだけ歪められてしまった。あの事件によって。
奇妙な形ではあるけれど、皆が昔から知っていた懐かしい感覚を思い出させてくれたのだ。他者とは、他人とは本来的に予測のつかない気持ちの悪いものなのだ、という本質。それがむき出しになったのだ。
P193
<part:number=04:title=The Day The World Went Away/>
「わたしは前、こことは別の権力に従わされてた。地獄だった」
ミァハは振り返らずに背中で語り、
「だから逃げてきた、ここに。でも、ここも充分狂っていた。向こう側と同じくらいには、人間が生きるための場所じゃなかった」
「無効って、どんな場所だったの」
「こことは真逆の場所。向こう側にいたら、銃で殺される。こちら側にいたら、優しさに殺される。どっちもどっち。ひどい話だよね」
P292
おわりに
生きるということ、あるいは死ぬこと。他者と共生すること。世界。未来のこと。愛、平和、健康、善とはいったいなんなのか。自我、肉体、魂とは。人間の本質に迫る要素が全編にわたって散りばめています。人生を深く考えたい人に絶対に読んでほしい、おすすめの一冊です。
りせ。
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