はじめに
あらすじ
岡崎真菜、高校2年生。姉の結婚相手に紹介されたその兄、小林蓮の存在が心の内を占め、戸惑う。小さな画廊で先輩の元妻に使われている、結婚しそこなった中年なのに――。真菜の想いを知ってか知らずか、蓮は、決して心を開こうとはしなかった……。
一生に一度の恋に身を焦がす少女の視点で、17歳と34歳の恋を鮮烈に描いた、すばる文学賞作家による文庫書き下ろし。
ピュアフル文庫
この本に出会った経緯
初めて手に取ったのは、高校3年生の時。どうして出会ったのかはあまりよく覚えていなくて、でも読んだら大好きな本になって、大学進学で一人暮らしをする際に持って行った記憶がある。それくらいお気に入りの本で、最近久しぶりに読み返してみても、とっても面白くて感動した。
感想
自分の好きな小説ほど、感想を書くのってとても難しい。
私はかなりの感覚派だし、好き!ってなったらとにかく好き!って感じだから。
「若いっていうのは、案外打算的なものなんですよ、お姉さん」
だって十七歳の私には、まだ何もないのだ。お金を確実に稼げる技術も、自分だけの家も、将来を約束して薬指に指輪を嵌めてくれる真面目で優しい男も。簡単に楽観なんか、していられない。
P10
「その着物、ほんとによく似合ってる。信じられないくらい可愛い」
私は思わず真治の手を握った。私を包む厳かなまなざしと、意志の強さに満ちている締まった口許。真治は、いつも最適のタイミングで私を落ち着かせてくれる。やっぱり、この人が好きだ。お姉ちゃんが小林さんを好きなよりも、ずっと、ずっと。
P76
真治と蓮の、岡崎ちゃんから見た魅力の違いの書き方が好きだ。
同級生と年上の男性だったら、明らかに別個の良さや魅力的に思える部分があって、どちらが優れているとかではない。
なんなら岡崎ちゃん本人も、真治のほうが良い男だって思ってるのに、なのに、恋心っていうのは理不尽で、良い男を好きになれるわけではいっていうのが、人間の仕組みの複雑さだなあと思う。
クラスでは親と仲の悪い子も多いけど、私はこうやってお母さんとそんなに重要じゃない話をするのが好きだ。俳優の誰が素敵だとか、ブランド物の新作だとどれが欲しいとか、そんなことを話していると安心する。私の話を聞いてくれる人が傍にいるんだって思うと、いい香りを胸いっぱいに吸い込んだような気持ちになる。
P77
主人公の岡崎真菜ちゃんは、都会的でお洒落なセンスを持つ、同級生よりも少し大人びた女子高生。その絶妙なバランス感覚の描き方が上手だなあと思う。
なぜこんなことになってしまったんだろう。「ふたつの道があったら困難な方を選べ」って言うけど、それとは全然違った意味で、私は途方もない険しい山に登ろうとしている。頂上に着いた時に下を見て後悔しても、もう戻れないことがわかっているのに。そしてもしかしたら、その山には実は誰にもいなくて、一人ぼっちになってしまうかも知れないのに。
中略
でも、私は行く。人を傷つける残酷な刃物を隠し持って。自分の身勝手さに、呆れるよりも悲しかった。
P108
こんなに目まぐるしい一週間があっただろうか。私たち高校生の毎日は、意外に単調だ。学校と自宅とあといくつかの場所で、不満と心配と喜びとぼんやりとした怒りや愛情を抱えて、右往左往している。新しいことを吸収している自覚なんてないし、世界が変わるような体験だって滅多にない。
P186
退屈な学生時代を、こうやって書いてくれると、救われたような気持ちになる。
彼の言葉は、私に忘れていた淋しさを思い出させた。確かに、絵や彫刻を観ている時、ただ綺麗なだけでは心を動かされない。上手に説明できないけど、自分が追い詰められたような気持ちになることがあって、それは感動というのとはまた違うような気がするのだけれども、いままでの価値観を揺さぶられる怖さを持っているのが、私が美術を好きになる基準なんだと思う。でも、展覧会に行ってそんなことを考える子は周りにいない。美大を目指している子と話をしてももっと模範的な回答に終始するし、桃子の感想だってみんなが賛成するようなことだ。私はいつも周りと違っていて、だから美術館に行くのはたいてい一人だ。もう慣れたけど。
P212
岡崎ちゃんの感性や感受性に共感できて、美術館の楽しみ方がまったく一緒で、すごく嬉しくなったのを覚えている。
こういう言語化ができる人間になりたいって、今でも切実に思う。
私だけではない、でも、同じような感覚を周囲を共有できるほど普遍的なものでもない。
そういう宙ぶらりんの孤独を癒してくれるのが、私にとっての小説であり、美術なんだと。
価値観を揺さぶられたくて、覆されたくて、芸術に触れるのかもしれないなって、思う。
彼は、貧乏な家で育てられた白い虎みたいに見えた。迫害を恐れてこっそり預けられた貧しい家で、感覚だけを研ぎ澄まされて育った、空腹の虎。その視線で敵を殺し、屍を堂々と跨いで家路につく、カマンベールチーズとトマトの嫌いな、童顔の虎。
中略
錬さんは笑った。空腹の虎が獲物を見つけた、愛らしいけど威圧的な笑顔だった。急に、傲慢な感情がむくむくと湧き上がった。そんな態度に出るんなら、私だって。勝ち目はないかも知れないけど、背中を見せて逃げるなんてことはしない。たとえ身体が半分に切れてしまうような傷を負うことになっても、勝負する。
P217,219
楡井さんの比喩表現が、ほんとうに巧みで美しくて、読む度にうっとりと魅せられてしまう。
「恋は戦」と言うけれど、岡崎ちゃんもまさに17歳年上の”童顔の男”に、何度も心の中で勝負を挑んでる。
そのひたむきで繊細な心の在り方に、恋愛ってものすごく傷つくし、大変なことばかりだけど、人間の美しく気高い部分だ、たとえそれがエゴであっても。と感じるのだ。
これは、私が恋愛小説というジャンルの物語を定期的に読みたくなる理由の一つかもしれない。
自我と自我のぶつかり合い、時に駆け引きや譲歩を挟んでみたり、でも、決して自分自身のなかに生まれた強い感情に逆らうことはできない。
人間の脆い部分をさらけ出し合って、心の距離が近づいていく。
二人だけの、新しい関係が築かれていく。
そういう過程が丁寧に紡がれている小説は、その二人が最終的に結ばれようが、結ばれまいが、結末や展開に関わらず美しい。
独特の美しさを放っている。
おわりに
少し大人びた女子高生とうだつの上がらない大人の男が繰り広げる、歳の差恋愛小説。読んでいてワクワクするし、フランスに行きたくなる👼✈
りせ。
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